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2011.12.09

鮮烈に

 ボーイ・ミーツ・ガール。じゃなくて、ガール・ミーツ・ボーイ。
 ただし千年の時差有りで。

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千年の時を忘れて (エンタティーン倶楽部)
千年の時の彼方に (エンタティーン倶楽部)
 シリーズ一作目に続いて、二作目、三作目と。思ったとおり、安楽椅子探偵ものからより恋愛ものの色味が濃くなっていった。けれど……だからこそ、一番の魅力である「ことだま」へのこだわりは、いやますばかり。
 恋についても、言葉についても、児童小説と侮れない、はっとすることがいくつも書かれていた。
 幽霊と恋をした自分は不幸だ、相手がいつ消えてしまうか分からないから、と嘆く少女に「幽霊でなくても、大切な人がいつ居なくなってしまうかなんて、誰だって分からない。だから、いつだって覚悟して生きるしかない」と説く神主。
 同じ神主が、主人公の不適切な言葉の使い方を注意して曰く、数百年まえに書かれた言葉さえ、訳を介さずに読むことが難しくなってしまった。言葉により、時間を越えたコミュニケーションが可能であるはずだったのに、失われてしまった。その速度が現代では加速し、祖父と孫ですら会話が通じないことさえある。その淋しさや。
 言葉の乱れへの危惧、それへの答えが、こんなにも明確かつ的確に示されていることに、恥ずかしながらびっくりしてしまった。
 恋について、言葉について。沢村凛という作家の書く文章が持つ心地良さの理由が、ひとつ分かった気がする。
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