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2016.01.07

映画「トップガン」「アンタッチャブル」

 新文芸坐のクラシック映画2本立て。なにげに通してちゃんと見るのは初。
 そういう映画って、けっこう有ります。私の場合、まず「お話は最初から最後まできちんと見ないといや」という性質が昔からあって、最近ここに「映画は映画館で見ないといや」という面倒な属性が加わりまして、ええ。
 古い映画は小さい頃にテレビで見ている可能性もありますが、記憶になければまあ見たことないのと同じよね。

 平日の昼だったのですが、観客の八割くらいが年嵩の男性で驚きました。青春時代の思い出に浸りに来たのか、はたまたシルバー割引があるからか(身も蓋もない)。
 座席はほぼ埋まっていて、ああ、新文芸坐って、ちゃんと盛況な映画館なんだ。と、しみじみ。いや名画座ってなんかガラガラなイメージあるじゃないですか。なんとなく。
 ビッグタイトルであり、日本の映画館での上映がこれで最終になる可能性が高い、ということもあったのかもしれませんが(配給会社の日本撤退、上映権切れ)。

 内容については、今さらなので……どちらも面白うございました。「トップガン」は、ああ、アメリカ映画だなぁという楽しさがあり。それと、ストーリーのシンプルさが潔く美しかった。とにかくひこうきを描くための映画だから、これで正解なのよね。
 そしてトム・クルーズの若さ。若々しさ。単に若い、というだけでなく、この映画にふさわしい「青二才」くささたっぷりで、これまた潔く美しく。トム・クルーズの記録という意味でも、ひとつの時代を切り取った映画なのだな、と。
 二本目に見た「アンタッチャブル」は、フィルムの状態がかなり怪しかったですが、それがまた懐かしく感じられました。マフィアとか暴力団とか、「現実に存在する暴力」「無力な一般市民が関わったら決して勝てない暴力」が出てくるフィクション、最近どうにも見るのがしんどくてしょうがないのですが(脳内では歴史的事実とかも同一カテゴリで入ってしまう。暴力ではないけれど、抗えないものという意味で)、これは実話が元ということで、うぃきぺでぃあで若干予習をして行きまして。「作品内で主要登場人物が死亡する」「しかしそれはフィクションである」というのを頭の隅に入れて鑑賞しましたです。意気地なし。
 ……それでも、死亡シーンは悲しかったですけれど。
 そしてケビン・コスナーの若さ。フレッシュさ。ケビン・コスナーってなんつうか日本での時代劇俳優的な貫禄のつきかたをしてしまったので、この頃のストイックな雰囲気はまるで別人のようで。ケビン・コスナーの記録。記憶に残る記録。

 いろいろと感慨があり、楽しい映画体験でございました。
 映画はやっぱり映画館で。
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